オープンカレッジ休会の8月と1月は、ネット上で自由ミーティングを開いております。今回は副代表の松岡から,環境イノベーションに関する考察と提案をさせていただきます。
テーマ:「今がチャンス!-環境イノベーション-」
今日,「環境」,「エコ」といったキーワードは世の中に溢れている。同時に,政府やメディアが好んで採り上げる,分かりやすく,ときに扇動的な言葉や映像の数々が,「環境問題=地球温暖化問題=CO2問題」という安直な認識を蔓延させてしまっている感も否めず,「ここ○年で気温が0.○度C上昇した」といった短期的なリポートに一喜一憂している人々も多い。環境に関する危機感を持つことはけっして悪いことではないが,明らかに冷静さを欠いているように見受けられる。
過去10億年を振り返ると,地球は大規模な氷床が存在する氷河時代と,無氷河時代を繰り返しており,現在我々は氷河時代の真っただ中にいる。この気候変動のシステムは,CO2の量だけでコントロールできるほど単純ではない。地球上の氷床の消長を支配しているのは,大局的には地球軌道の揺らぎに伴う日射量の周期的な変動であるし,大気の長期的な変動には海洋との相互作用が大きく関わる。この他,深層水の流れも全球的な気候変動に影響するなど,気候変動の要因は様々で,そのシステムは非常に複雑である。結果,変動周期には,数千万年という長周期から,数年という短周期のものまでが含まれており,ときには十数年で数度Cというドラスティックな気温上昇も起こる。CO2が地球の温暖化に加担することは間違いないだろうが,では「どの程度影響するのか」という「CO2の気候感度」については,研究者の間でも統一的な見解は得られていない現状にある。にもかかわらず,日米の政府からは「グリーン・ニューディール」,「エコカー助成・減税」といった環境対策絡みの施策が打ち出され,CO2削減ばかりが大義としてまかり通っている。世界金融危機克服のための施策が急がれる事情は理解できるが,基本的な科学的事実の裏づけが不十分では,これらの施策は単なる景気対策であって,地球環境対策にはなり得ない。CO2削減のために化石燃料から代替エネルギーに切り替えを図った結果,バイオエタノール生産のための森林伐採や,放射能漏れのリスクを伴う原発が安易に増えてしまっては,地球環境が好転したといえない。これまで先人が取り組んできた環境への取り組みを無駄にしないためにも,今こそ地に足を付けた議論が必要であろう。
我々人類の日常の活動が「環境」に与える影響については,少なくとも40年以上にわたって熱心に議論されてきた。1970年代初頭には,ローマクラブから第一報告書『成長の限界』が発表された他,国際連合人間環境会議が開催されるなど,地球環境問題への関心の高まりがすでに顕在化されていた。また,オバマ大統領就任のはるか30年以上前,当時のカーター大統領は環境問題委員会と国務省に対し,20世紀末までに予想される環境の変化を研究するよう命じており,このとき公刊された『合衆国大統領への2000年報告書 - 二十一世紀への道』は,その後の長期計画の基本資料とされた。その一方で,同じ70年代に二度にわたり発生したオイルショックによる経済危機とその回復過程のなか,人々の地球環境問題への関心は残念ながら薄らいでしまったのも事実である。
その後,石油価格が安定し,回復・発展を遂げる経済状況下にあっては,企業の「環境」への取り組みも優先順位が低くなり,環境対策は「公害防止」といった後ろ向きのものが多かった。90年代後半に入り,環境ISOを導入する企業は多くなったものの,その大部分はイメージ戦略を意図したもので,ISO取得のための人的・金銭的コスト以上の価値を見出せずにいた。「環境」は「成長」と両立し得ないものであり,環境対策はビジネスとして収益性に乏しいものと考えられていたためだ。理想のビジネスモデルを持たない,表面的な環境への取り組みは,いつしか「エコ」や「環境」といったキーワードだけを世の中に溢れさせ,もはや消費者にとっての差別化の手段としての役割を果たせなくなった。いつしか,一般市民から企業の環境担当者に至るまで,幅広い層から,「eco fatigue」,「エコ疲れ」といった言葉が漏れ聞こえるような事態を招いてしまった。
その一方で,目先の景気動向にとらわれず,環境対策や環境技術に独自の価値を見出し,長期的ビジョンの下で人的・資金的投資を続けてきた企業からは,今日になって,エコカーに代表される「環境」の商品化,あるいは環境技術によるエネルギーコスト削減といった,「環境」と「成長」を両立させるビジネスモデルが次々に創出されている。
また,国策により,化石燃料に依存する従来の経済発展モデルを転換し,経済成長を遂げながら低炭素社会を実現することに成功する国も現れている。かつて日本の自動車排出ガス規制が日本車の性能向上と競争力強化を導いたように,環境に対する適正な国策は,時に企業の研究・技術開発を促進させて国際競争力を高め,さらに「燃費」や「省エネ」といった新しい価値観やビジネスモデルを生み出す原動力になる。近年では,スウェーデンが「Green Tax Shift」という税制の導入などの施策により,「経済成長と化石燃料」のデカップリングに国を挙げて取り組み,1990年から2006年にかけてGDPを44%増加させながら,同時に温暖化ガス排出量を8.7%削減するなど,経済成長と低炭素社会の実現を見事に両立させている。
さらに,生活者レベルにおいても,「エコ」や「環境」といったキーワードを通じた静かな変革が着実に進行している。企業に対し,環境に配慮した商品・サービスの提供を求める人々が増え,『グリーンコンシューマー』と呼ばれる消費者層の登場に象徴されるように,多少高くても環境への負荷の小さいものを選択して購入するという新たな価値観や購買行動が広まっている。今や生活者は,従来の「消費者」から主体的な「選択者」へと成長しており,購買行動に自らの意思を投影することで,企業活動の方向性を左右するだけの影響力を持ちつつあるように思える。
このような背景を踏まえ,今,新たな環境イノベーション創出の可能性について改めて検討するべく,このたび,日本環境共生学会 JAHES 2009年度第12回学術大会において,環境イノベーションに関するセッションを開催する。
日本環境共生学会 JAHES 2009年度第12回学術大会
ecoスペシャルセッション「今がチャンス!-環境イノベーション-」
(2009年9月27日(日) つくば国際会議場 参加無料)
日本環境共生学会第12回学術大会
「環境」や「エコ」といった曖昧な言葉をキーワードとしたイノベーションを具現化するためには,これらに対する盲目的な特別視を排除し,科学的根拠に基づいたシビアな尺度や価値観をもってこれに取り組む必要がある。
そこで,今回は秋田大学の林武司准教授に「地球の今を理解しよう -地球環境の"変動"と"変化"- 」と題した基調講演をお願いした。地球が本来持っている性質や,自然要因による"変動"と,人間活動による"変化"に関する理解を深め,地球環境を客観的に捉えることが目的である。
適正な尺度を持った上で,時間的,空間的に,どの程度のスケールで,どのような方策をもって,どのような成果が期待できるかについて,国,企業,自治体,市民といった様々なレベルで考察を深めてゆきたいと考えている。
そのため,つくばイノベーション研究(http://www.tsukuba-society.org/)のメンバーの中から,石田賢氏(日本サムスン株式会社顧問),島袋典子氏(有限会社つくばインキュベーションラボ代表取締役,NPO法人つくば環境フォーラム理事),木下知己氏(筑波学院大学教授),トーマス・ジェラード氏(株式会社コミュニケーションプロフェッショナルズ代表取締役)にパネラーとしてご登壇賜り,それぞれの視点で得られた知見をご提供いただく予定である。
今回の基調講演とパネルディスカッションを通し,環境イノベーションの方向性や具体的ビジネスモデル創出の可能性について考察を深め,国や自治体の政策,企業,市民の活動などに,少しでも有用な提言を行えたら幸いである。セッションコーディネーター
つくばイノベーション研究副代表
松岡東香